「2012年3月31日付北國新聞朝刊」
【対談企画】時代の風を読む
~手嶋龍一インテリジェンストーク~
千田和弘氏(株式会社ルバンシュ 代表取締役社長)
手嶋龍一氏(外交ジャーナリスト・作家)
口に入れても安全な化粧品を追求
業界の常識に抗い快進撃
消費者の安全志向が年毎に強まっていくトレンドを先取りして、食用や天然の成分を原料に、「口に入れても安全・安心な化粧品づくり」に愚直にこだわり続けてきたのが化粧品メーカーのルバンシュです。時代の追い風を受けて快進撃を続けるルバンシュの千田和弘社長と外交ジャーナリストでインテリジェンス小説の旗手でもある手嶋龍一氏が、人々が心から求めている商品を世に送り出すことの大切さについて語り合いました。
●水不要シャンプーで支援
手嶋 東日本大震災の後いち早く、水を使わず使用できるシャンプーを開発して東北の被災地に贈った企業があると聞いて興味をそそられました。それが石川県能美市のルバンシュでした。
千田 ええ、震災後に急いで開発に着手しようと決心しました。そして1カ月で製品にしたのです。これほど短期で開発するのは初めての経験で、被災地の皆さんのご苦労を思いながら、社員が総力を挙げました。泡を髪に塗り、タオルで拭くと汚れが取れる。水がまったく要らないシャンプーです。被災地ではとても喜ばれ、半年間にわたって贈り続けました。
手嶋 お金や救援物資を急送した会社はありましたが、製品を新たに創った会社は聞きません。
千田 やはり自分たちの得意分野で貢献したいという思いがあったものですから。実は評判が良かったので、昨年12月に原料をすべて食用成分とした水の要らないシャンプーを、新たに製品化しました。水を嫌がるペットにも使えますし、アルコール消毒の代わりに手洗いにも使えます。ですから日常でも使っていただきたいですね。
●「業界に一石を投じたい」
手嶋 食用成分100%の化粧品で口に入れても安全な化粧品は、創業以来のポリシーなのですね。赤ちゃんのいる若いお母さんは安心して使えますね。何がきっかけで食べられる化粧品を手がけたのですか。
千田 起業前、大手食品メーカーの新商品開発を担当する研究員でした。健康食品メーカーから化粧品の開発の依頼を受けて、化粧品の成分分析をしているうちに、食品では使えない原料が、化粧品では使われている事実を知りました。
たとえ少量でも人の口に入るかもしれない化粧品に、食品では禁じられている原料が使われている。化粧品業界の常識であっても、食品業界にいた私には違和感を拭えませんでした。そこで「本物の自然派化粧品を手がけたい。食べられるほど安全な製品を世に送り出して、化粧品業界に一石を投じたい」との思いが募り、ルバンシュを旗揚げしたのです。1990年、25歳の時です。
手嶋 肌にいいだけではなく、体にも安心な化粧品を作ろうと思ったのですね。業界の常識に縛られていたら、ルバンシュは誕生しなかったことになりますね。創業の瞬間はどの企業もドラマがあります。
千田 会社名の「ルバンシュ」はフランス語で「復讐」や「失地回復」という意味です。この社名には、「化粧品業界にインパクトを与え続ける異端児でありたい」との強い思いを込めました。
●地域資源も原料に活用
手嶋 化粧品業界の常識にあえて抗ってみる。しかし、すぐに市場に受け入れられるわけではない。むしろ理想はビジネスの障壁になることもあるはずです。
千田 「食用成分100%」の第一弾商品「ベジタブルリップ」が完成したのは、創業して10年後でした。主原料だけでなく、防腐剤や安定剤まで食用成分というリップクリームは、それまでどこにも存在しませんでした。ですから、原料を入手するのは困難を極め、化粧品で大切な塗り心地、潤いといった課題を克服するのも、たやすくはありませんでした。
手嶋 「口に入れても安全な化粧品」を先ほど研究室で実際になめてみたのですが、まったく臭いも味もしない。それだけでなくじつに自然な肌ざわりでしたね。
千田 たとえば、ハンドクリームは全ての原料を味見して、極力味のないものを選び抜いています。
手嶋 原料は、石川県にあるユニークで豊かな資源を使って、商品づくりに生かしているんですね。
千田 加賀野菜の金時草から抽出した抗酸化作用を持つ成分。能登町の海洋深層水から作られた塩。珠洲市で無農薬栽培されたラベンダーのエキス。それらを原料とした「金時草の湯」と、能美市で栽培されたユズや湧き出る温泉水を使用した「ゆずの湯」の2つの入浴剤を皮切りに、地域資源を活用した商品づくりを進めています。地元のなまこや柿、地酒なども原料として使えるんですよ。実に楽しい。
●研究開発に石川の地の利
手嶋 なるほど、石川県は「美容成分」の宝庫なのですね。ルバンシュが拠点を置く、ここ「いしかわサイエンスパーク」は緑豊かで、見晴らしもいい。すぐ近くには北陸先端科学技術大学院大学があります。先端大や金沢大などと共同研究をして開発した化粧品もあると聞きました。
千田 大学が近くにあり、化粧品に適した原料の基礎研究などをして下さるので大助かりです。さらに本社のある「いしかわサイエンスパーク」は土地・建物の賃借料の30%を県が助成してくれます。お陰で開発生産にかかるコストが大幅に低減できます。石川県はモノづくりをする上で地の利があると言えます。
●業界トップクラスの1人当たり利益
手嶋 ただ、どんなにいい製品はできても売れるとはかぎりません。マーケットという生き物と対話しながら製品を世に広めていくのは、容易なことではないはずです。
千田 当社の製品が全国に広がる契機となったのは、全国大手の通販カタログ誌に掲載されたことでした。この通販カタログ誌は、安値を売りにするのではなく、一つのジャンルにつき、一つの商品を厳選して消費者に勧める形を特徴としていて、そこに掲載されると「高品質かつ良心的」というステータスを得ることができます。会社や私の考えまで紹介してもらい、商品が持っているストーリー性を説得力ある内容で読者に伝えることができた点がよかったのだと思います。インターネットが家庭に普及し、ネット通販が一般化したこともプラスに働いています。「いしかわサイエンスパーク」に本社を移転して7年になります。この間に売上が3倍に増え、7期連続増収増益、1人当たりの経常利益額で前期、上場主要7社の化粧品メーカーを抜きました。
手嶋 「食べても安全な化粧品をつくる」という企業の理念がユーザーさらには市場に支持されたことは、これからの起業家たちを勇気づけると思います。
(手嶋の目)
千田社長の話の中で「商品のストーリー性」という言葉が印象に残った。通販カタログ誌で、化粧品そのものをPRする前段に「なぜ、口に入れても安全な化粧品が必要なのか」ということを読者に訴え、消費者の潜在ニーズを呼び起こしたのである。膨大な情報の中から、どんな情報を選り抜き、ひとつのストーリーにまとめ上げて分かりやすく物語っていくか。その編集能力こそがインテリジェンスでもあり、商品の訴求にも必要な能力と言える。
【プロフィール】
(せんだ・かずひろ)
1965年石川県生まれ。金沢桜丘高校卒。90年11月に自らが代表となり、化粧品メーカー株式会社ルバンシュを設立。2009年、中小企業庁より「元気なモノ作り中小企業300社」に選定される。石川県内の大学や高校生向けに講演も行っている。
【株式会社ルバンシュ】
本社所在地は能美市旭台2丁目、いしかわフロンティアラボ内。化粧品、医薬部外品の製造販売を手がける。資本金1千万円。2011年9月の売上高は約5億円。